映画「天気の子」考察、物語の中で出現する「銃」の正体、歌の意味など

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映画「天気の子」考察、物語の中で出現する「銃」の正体、歌の意味などをわかりやすく解説していきます。

はじめまして、そして最後になるかもしれませんがラッキーマスクマン2号です。

このページは、映画「天気の子」の考察です。

物語の中で出現する「銃」の正体、映画中に流れる歌の意味など解説していきます。

1号から「天気の子」よかったということを聞いていたので今回見に行ってきました。

主にアニメオタクなので実写好きの1号とはその辺が違いますのでご了承ください。

本日は、ネタバレ・感想も含めて「天気の子」を考察していこうと思います。

映画「天気の子」あらすじ・ネタバレ・感想などはこちらもどうぞ!

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新海誠監督 映画『天気の子』の感想をネタバレありで解説・考察・評価していきます。陽菜と帆高の衝撃の結末にみるセカイ系とは?新海誠監督最新作品『天気の子』は人柱、日本人の自己犠牲精神という美しさと新たな精神性の確率を訴えている。天気より大事なことがあります。自分の命と愛する人との人生です。人生は晴れたり雲あったり雨だったりしますが、それは良いことです。自然のままに生きることが一番大事です。

ここからは、「天気の子」の結末・ネタバレを含みます。ご注意ください。

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映画「天気の子」考察、「君の名は」から3年、「天気の子」で新海誠監督が描きたかったモノはなんだったのだろう?

「天気の子」で特質して描かれていたもの1つは、「街では多くの人が生きている」ということではないでしょうか?

冒頭から主人公は東京に来て多くのアクシデントに見舞われ「東京こえ〜!」と言いながらたくさんの人と出会います。

漫画喫茶の店員、ヒロインの天野陽菜(あまの ひな)を夜のお店に誘う店員、晴れになってくれることを願う多くの人々、2人を追い詰めていく刑事など、数多くのキャラクターが登場します。

その中には、前作「君の名は」の主人公 立花 瀧(たちばな たき)くんや宮水 三葉(みやみず みつは)さんも登場しますね。

(※今回かなりがっつりセルフ付きで出てきて驚きましたね〜!)

「東京という街の中で多くの人が生きている」ということが前作とは比べ物にならないほど描かれています。

ヒロインの天野陽菜(あまの ひな)さんの料理シーンでも豆苗やネギを水耕栽培してハサミで切るシーンなど料理の美味しそうさもさることながら、生活感がありましたね〜!

物語の序盤で主人公が拾うネコ(アメ)が時間経過と共にどんどん成長していくこともそうかもしれません。

この付箋が、物語の終盤で大きな意味を持ってきます。

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映画「天気の子」考察、物語の前半から出現する「銃」の正体

主人公がもった銃の正体・・・・。

物語のかなり前半で主人公が手に入れてしまう銃、

それは、他のアニメ映画「アキラ」で描かれるような未来のレーザー銃や、

ジブリ映画の「ラピタ」でパズーがぶっ放す「バズーカ」とはかなり毛色がちがいます。

私たちも、歩いたことがあるような、繁華街の、新宿のゴミ箱に捨てられた、「重く生々しい銃」なのです。

「犯罪者が捨てた銃」ということで主人公たちが事件に巻き込まれるきっかけを作っているこの銃ですが、主人公がピンチの時に手の届くところにことごとく現れるのです。

そして、引き金を引いてしまいます。

大人のルールが子どもたち(主人公やヒロイン)を追い詰めていく

映画「天気の子」では、「大人のルール」が子どもたちを追い詰めていきます。

それは、銃をもってしまったこと、

家出少年であること、

親が亡くなって子どもだけで暮らしていくこと、

未成年で生きていくためにお金を稼ぐこと、

主人公たちはそんな「大人のルール」に抗って生きていきます。

ヒロインの陽菜さんも自宅に訪問するケースワーカーの職員に

「子供だけで生活することの何が悪いのか?」と問います。

しかし、全く歯が立たないのです。

そして最後は大人に取り押さえられます。

その時、登場するのが「銃」なのです。

大人の理屈やルールに抗う武器をもてというメッセージか?

これからを生きる若い人たちに向けて、抗うための「武器」をもてというメッセージが含まれているのではないでしょうか?

「武器」というのは、「技術」だったり「能力」だったりをさすのだとおもいます。

自分の意志を貫くための力を身につけてほしいというメッセージなのです。

そして、「銃」に妙なリアリティーや重さを表現したのは、

「その矛先(銃口)が時に相手を傷ついてしまうことへの覚悟」を表現していたのだと思います。

前作の「君の名は」でも「演出において」相当の賛否様々な意見があった中で、新海誠監督としても、その武器を探しているのだと思います。

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映画「天気の子」考察、物語で繋ぐ2つの世界

前作の新海誠監督作品「君の名は」では、都会と地方、過去と未来の世界をつないできました。

映画「天気の子」では、「大人」と「子供」の世界をつないでいます。

その中で重要な役割を果たすのが須賀 圭介(すが けいすけ)というキャラクターです。

彼の存在を通して私たち観客は、「大人の世界」とまた「子どもの世界」を行き来することができるのです。

主人公を見つめる大人、須賀 圭介(すが けいすけ)というキャラクター

主人公を一番近くで見守る大人が、須賀 圭介(すが けいすけ)というキャラクターです。

彼がこの2つの世界をつなぐ重要なキャラクターとなっています。

田舎から出てきた少年にビールをおごらせる大人として、

東京に出てきた家出少年の面倒を見る大人として、

嫁に先立たれ、嫁さんの母さん(さらなる大人)にルールを押し付けられ、たまの晴れ間に子どもと会うことを楽しみにしている大人として、

須賀というキャラクターが様々な大人を見せてくれます。

彼が主人公に言うセリフで

「いい加減大人になれ!」

という言葉があります。その裏には

「オレも諦めてきた、お前も諦めろ」

という言葉のように私には聞こえました。

彼の事務所(主人公が寝起きする部屋)の片隅には木製の椅子が描かれています。彼の亡くなられた奥さんのものでしょうか?

長い雨から明け、陽の光が入る水没した部屋で須賀というキャラクターに寄り添っています。

須賀のセリフに

「世界なんてどうせもともと狂っている」という言葉があります。

お前は「諦めないんだな」という意味も含まれているような気がします。

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映画「天気の子」考察、RADWIMPSの歌グランドエスープの意味

RADWIMPSの野田洋次郎さんが書いたグランドエスケープの歌詞の冒頭

空飛ぶ羽と引き換えに 繋ぎ合う手を選んだ僕ら

それでも空に魅せられて 夢を重ねることは罪か

と問うています。

晴れ女のヒロイン陽菜を人界に取り戻すことは「世界の形」を大きく変えてしまうことでした。

物語最終では、東京の多くが水没してしまいます。世界中が水没しているのかもしれません。

多くの人が生きていた街は、一人の女の子を守るために水没してしましました。

これは罪か?

グランドエスケープは、終盤合唱になっています。

それは、「彼らを許す」というか、「彼らの犠牲は求めていない」と歌っているように聞こえます。

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【少し辛口評価】新海誠作品は、パクリ、パクリと言われることが多いが演出をパクる事に罪はない!ただ・・・

様々な議論を呼んだ前作「君の名は」は、「演出」という意味ではハイウッドの商業映画のように緻密に計算されたプロットが冴え渡っていたし、初めてみた観客を世界観や描写の美しさで感動させたと思います。

今回の「天気の子」でも「演出」研究はかなり進んでいました。

それは、今まで、日本が培ってきた名作アニメやゲームの研究発表といっても良いかもしれません。

アニメやゲームが好きな方は何度「あぁコレね」と思ったでしょう。

パクリ、パクリと言われても演出のほとんどは、すでに何らかの映画で使われていてパクリ元のアニメやゲームだって別の映画から演出をパクっているのです。

それに関して私個人としては、良いと思うし

「多くの観客に楽しんでもらえるアニメ映画を作る」

という新海誠監督の決意を感じます。

ただ今回のアニメをみて思うことは、

日本最高峰のアニメは、世界のアニメで最高峰ではなくなったという実感です。

今回、映像制作という切り口で見ると、かなりの効率化が行われたのだと感じます。

3DCGも多用されていますね。

今回、Google Earthの 3Dモデルから背景などを制作するなど新しい技術を使用したようですが、3DCGがかなり表現としては悪いと思います。

背景描写の水々しさや「シズル感」を失ってしまいました。

そのクオリティーと技術でGOを出した監督としての責任は重く

「新しい世界」を見せてくれるか?という観客の期待にどれだけ答えられたのかは疑問です。

昨今の中国アニメーションやディズニー、ピクサーと渡り合っているか?といえば・・・・。

大きなお金をかけて作るアニメ映画ゆえの立ち回りの悪さなのか、

新しすぎる演出やシナリオではスポンサーから制作費を得られないのか、きゅうくつ感を感じてしまいました。

それは、日本のアニメ業界が、儲からない職業の代名詞になってしまったこともあるのかもしれません。

優秀なアニメーターを育てて人として仕事として食べていける土壌ができていないことかもしれません。

この世界の形を少し変えることができるなら、この日本アニメ業界の世界の形を変えていかなけらばならないでしょう。

超ロングのワンカットでシーンを見せた「スカイクロラ」を撮った押井守監督は今の新海誠監督の編集をどう見るのでしょうか?

もう亡くなってしまいましたが、東京のもう一つの奇跡を描いた「東京ゴットファーザー」を撮った今敏監督だったら街に生きる人々の人間臭さをどう表現したでしょう?

と考えながら秋の夜長は過ぎていきます。

最後までお付き合いありがとうございました。2号。