『魂のゆくえ』(113分/米・英・豪/2018)
原題 『First Reformed』
監督 ポール・シュレイダー
イーサン・ホークvsポール・シュレイダー渾身の一作。未来の子どもに捧げる映画
緻密な脚本、行間の芸術を体現できます。映画はやっぱり脚本で決まる
『タクシー・ドライバー』『レイジング・ブル』の脚本を担当したポール・シュレイダー監督作品である。とても良い映画だと思います。オープニングからエンディングまで淡々と静かに進んでいきます。大げさな演技や抑揚の効いたセリフはほとんどありません。とにかく静かに進んでいきます。やっぱり映画は脚本だと頷かせる作品です。ト書きとセリフの間が絶妙です。映画は行間の芸術だと言いますが、まさにそれを体現できる映画です。もちろんデジタルで撮影されていますが、照明が抑えられており、陰影がたまりません。ひょっとしたらクリント・イーストウッド同様、照明を使用していないのではないかと思わせます。この暗トーン感が脚本にぴったりだと思います。
息子をイラク戦争に送り、死なせてしまった。悔恨の日々と日記
主人公演じるイーサン・ホークの牧師役はオープニングから何か訳ありな気配を感じさせています。日記を書いています。日記を書く人間は几帳面であるか、あるいは何かを誰かに残したい人だと思いますが、この牧師は違います。もうすぐ死が近ずいており、死ぬ寸前に日記を破棄することを目的として付けています。牧師はとても刹那的に見えるのです。牧師はかつて従軍牧師であり、自身の息子をイラク戦争に送り、息子が死んでしまい、妻とは離婚し今は教会で過ごしている。息子を殺したの自分だと後悔の意識を持ちながら生きています。とても孤独な人です。
21世紀の環境破壊は絶望的だ。この先の未来に子供を残す不安とは
ある日、メアリーという女性が相談に来ます。夫が環境活動に熱心のあまり逮捕されたこともあり、今後の人生が心配です。しかも夫の子供を妊娠しているが、夫は産んで欲しくないと言うらしい。話を聞くと夫は狂信的な環境活動家で、すでに地球は汚染されており、悲観的な未来に子供を残したくないのが理由らしい。その日は後にするが、後日メアリーから呼び出されて彼の部屋に行くと自爆テロ用のベストがありました。夫は環境汚染をする企業を爆破しようとしていたらしい。牧師はベストも引き取った。しかしこれが後々、三人の運命変えることになる。
牧師の心が刻々と変化していく理由は
翌々日に今度は夫からメールがあり、待ち合わせた公園に行くと夫はライフルで頭を打ち抜き自殺していました。衝撃を受けた牧師の心に少しずつ変化が起きていきます。その夫の葬儀の際に牧師も知らないことが発覚します。牧師の教会は環境汚染を生み出す会社からの援助を受けていたのです。夫が抗議活動を繰り返していた会社だけに深く悩む牧師。自分の行っていることが果たして正しいのか間違っているのかなどと葛藤します。元々、息子を亡くし死を目指すような生き方をしていたが、自身の仕事について考えるようになります。牧師でありながら酒を飲みアルコール依存症になっている自分にも悩み、さらにガンの疑いもあります。自暴自棄と病気によってようやく自分という人間の存在と役割について考えるようになるのです。
「希望と絶望は表裏一体だ。2つの矛盾する事柄を持つことに知性を保てるのが人間だ」
メアリーとの距離が少しずつ近づいていきます。よもやのラブストーリーなのかと勘ぐってしまうがそうはなりません。息子への悔恨とガンの進行を克服するかのごとく毎日日記をつけることにで、自身の精神性を安定させているのです。「希望と絶望は表裏一体だ。2つの矛盾する事柄を持つことに知性を保てるのが人間だ」その言葉がとても印象的でした。牧師とは聖人君子のように酒もタバコももちろんドラッグもやらない人間だと想像していますが、この牧師は酒も飲むし、寿司も食べています。「たまには楽しむのも良いだろう」言って人間らしさを見せ
るあたりに共感します。
21世紀のトラビスだ。悪を退治する狂信的な精神へ向かうのか
協会の250周年の式典の日に牧師はある決断をします。メアリーの夫から没収した自爆テロのベストに身をつけ爆破を決行するのです。あの汚染会社の人間もくるから、準備万端です。しかし予想外のことにメアリーが教会に来てしまいました。急いで自爆テロのベストを外し有刺鉄線を巻きつけて血まみれになります。自分へ罰でしょうか。この場面は『タクシードライバー』のトラヴィスを彷仏させました。そしてメアリーと恋に落ちたところで終わるのです。長いキスが印象的です。カメラがグルグルと二人の周りを回ります。
映画は哲学的、思想的、宗教的、、、いや未来的な感性を持って作らねば
この映画はとても哲学的であり思想的であり宗教的でもあり、そして未来的な映画だと思う。宗教はもはや必要ないとでも言っているようにも感じる。快適な生活を手に入れるために自然環境を壊し、満足する人間、自然を壊してもそれは必要悪であるように言い訳する企業。また戦争による破壊も仕方ないでは済まされない現状を無言で伝えている。
神が地球を作ったのではない。人間が作ったのではない。ならば壊してはいけない
地球はもう破滅へと向かっているの確かだ。神がこの地球を作ったのではない。そんなことも言っている。人間が生きるためには自然を壊しても構わないのだろうか?シュレーダー監督が50年間かけて導き出した答えがこの映画にある。一体何が正義なのかわからない。教会を維持したければ企業から寄付を受けなければならない。それが聖書的に悪材である企業からの寄付かもしれない。“矛盾”がこの映画のテーマだと思う。
*牧師がゴミ山や汚染された場所を徘徊したり、戦争で破壊された映像が映し出され絶望に表情を浮かべる場面にトラベスが悪を退治する心境に変わる場面をオーバーラップした。*原題『First Reformed』は最初の改革と訳します。意味深く感じます。
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スタッフ
監督 ポール・シュレイダー
製作 クリスティーン・ベイコン ダビド・イノホサ フランク・マーレイ ジャック・バインダー グレッグ・クラーク ビクトリア・ヒル ゲイリー・ハミルトン ディーパック・シッカ
製作総指揮 ブライアン・ベックマン フィリップ・バーギン ブルック・リンドン=スタンフォード マーティン・マッケイブ ルカ・スカリージ ミック・サウスワース イン・イェ
脚本 ポール・シュレイダー
撮影 アレクサンダー・ダイナン
美術 グレイス・ユン
衣装 オルガ・ミル
編集 ベンジャミン・ロドリゲス・Jr.
音楽 ラストモードキャスト
イーサン・ホークトラー牧師
アマンダ・セイフライドメアリー
セドリック・カーンジェファーズ
ビクトリア・ヒルエスター
フィリップ・エッティンガーマイケル作品データ
原題 First Reformed
製作年 2018年
製作国 アメリカ・イギリス・オーストラリア合作
配給 トランスフォーマー
上映時間 113分
映倫区分 G