映画『ヒア アフター』の津波はCG。クリント・イーストウッドは来世を描く。来世への入り口で彷徨う人。感想、ネタバレ、感想。

クリント・イーストウット作品

『ヒア アフター』

原題 『HEREAFTER』(129分/米/2010)

監督 クリント・イーストウッド

この作品の次作から本格的に実話作品に挑戦していく。

ドラマ作品から実話作品に映画人生の舵をきったイーストウッドの狙いは?

 この作品はクリント・イーストウッドにとって大きな転機となる作品だと言える。映画監督生活約40年、クリントイーストウッドは多くの名作を生んできた。作品の多くは原作ものつまりドラマ作品である。このヒアアフターもは幻想的な作品と言える。しかしこの作品以降の作品『J・エドガー』(2011)から今日の『運び屋』(2019)まですべて実話作品を撮っている。今一度作品履歴を振り返ってみる。

『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』(2006
『さよなら。いつかわかること』(2007
『チェンジリング』(2008
『グラン・トリノ』(2008
『インビクタス/負けざる者たち』(2009
『ヒア アフター』(2010
J・エドガー』(2011
『人生の特等席』(2012
『ジャージー・ボーイズ』(2014
『アメリカン・スナイパー』(2014
『ハドソン川の奇跡』(2016
1517分、パリ行き』(2017
『運び屋』(2018

一作ごとにドラマ、実話を繰り返しているイーストウッド。もはや神の領域に向かっている

 2006年の2作は第二次世界大戦の実話作品である。一昨置いて『チェンジリング』(2008)は実話。『グラン・トリノ』(2008)はドラマ。『インビクタス/負けざる者たち』(2009)は実話。『ヒア アフター』(2010)はドラマ。以後、『J・エドガー』実話。『人生の特等席』(2012)のドラマを最後に『ジャージー・ボーイズ』(2014から今年公開の『運び屋』(2018)全て実話作品である。

 それでなぜこの『ヒア アフター』(2010)が起点かと言うとドラマの中でもファンタジー色が強いからである。『人生の特等席』はドラマであるが、一見実話ではないかと思えるような作りに感じる。しかも新作に『運び屋』に通じる感がある。仕事一筋に生きてきた男の物語だ。

“事実は小説より奇なり”をイーストウッドは追求しているのではないだろうかと思う

 私の単なる予想と言うか、イーストウッドに対する思い込みと言うか事実は小説より奇なりをイーストウッドは追求しているのではないだろうかと思う。人間の真実の物語に映画人生の終盤に賭けているのではないだろうか。イーストウッドともなると、もう世界中の本を読みきっている。もうあらゆるドラマを知り尽くしているのだろう。だから現実の出来事に作品性を求めたのではないだろうか。やはり真実にこそ人間の人生の生き様が見えるのだろう。

残念ながら日本では東日本大震災の影響で中止になってしまった

 この作品が日本で公開されたのは20112月。悲しいことにこの作品は日本であっという間に上映が中止されてしまった。理由は刺激的な映像があるからである。皆さんも覚えているだろう。2011年、311日に東日本大震災が起きた。未曾有の震災である。多くの人が亡くなった。津波で亡くなった人がほとんどだ。この作品の冒頭で津波のシーンがある。これがあまりにもショッキングすぎて、被害者にショックを与えて見るに耐えられないと言う声があったそうだ。結局、日本では上映画中止になってしまった。

現実と映画は違うことを理解して欲しい

映画文化に対してこのような自粛が起きるのは誠に遺憾なことであった。その後の日本は何でもかんでも自粛、中止のオンパレードが続き、閉塞的な空気に包まれてしまった。確かに刺激的だったかもしれないが、こういった映画作品においてはちょっと違うと今でも思っている。

来世は本当にあるのか、それはわからない。宗教観の相違もある

 さてこの映画は来世についての想念を描いている。アメリカに住む霊能力青年、津波で臨死体験したフランス女性、兄を事故で亡くしたロンドンの少年の三人が死について、来世についてを考え出会うことで、それぞれの困難を乗り越えると言うものだ。

私は死の世界があるのかもわからないし、どちらかと言うと死んでしまえばもう終わりと考えている。来世などないと考えている。いや、無い方が良いと考えてるほどだ。余計な期待をしてしまうからだ。これは宗教観の違いもあるだろうから、来世を信じている人には申し訳ない。

臨死体験は何かしらの影響を与えることは事実だ。私も体験したからわかる

 だが人間が何らかの形で臨死体験をすると言う事は信じている。私自身も臨死体験に近い経験がある。だからこの映画はより私にとっては身近と言える。私の臨死体験はこの映画に出てきたマリーに近い。オレンジ色の光に包まれてどんどんどんどん空高く舞い上がっていったのだ。とても気持ちが良かった。体中の細胞が弾けるようなビリビリ感がずっと続いていた。開放されていくような感覚だった。あのまま溶けてしまうのではないかと思うほど気持ち良かった。しかし目覚めると現実世界があった。あのまま行ってしまいたかった。今でもあれは何だったのかと考えてしまう。死の世界の入り口だったのか、それとも単に脳が暴走して幻想を作り出したのか。それはわからない。だけど今現在僕は生きている。と言う事は神の世界へ行かなかったと考えている。だからこの映画にある来世についてはよくわからない。

マット・デイモンの演技には知性と教養が現れているから素晴らしい

 この映画ではマット・デイモンが非常に面白い。あのハンサムガイがちょっと臆病で内気な雰囲気が人付き合いが苦手な青年をうまく演じている。

 映画は最後はハッピーエンドに終わる。マット・デイモンにまとわりついたあの少年が恋のキューピットになる。デイモンとマリーが結ばれるようなそんな話だ。デイモンは過去の幻影を見て苦しんでいたのに、最後には一瞬未来の映像が見えた。それが最後の救いに感じた。

ウイキペディアより引用

監督 クリント・イーストウッド
脚本 ピーター・モーガン
製作 ロバート・ロレンツ キャスリーン・ケネディ クリント・イーストウッド
製作総指揮 スティーヴン・スピルバーグ ティム・ムーア ピーター・モーガン フランク・マーシャル
出演者 マット・デイモン セシル・ドゥ・フランス
音楽 クリント・イーストウッド
撮影 トム・スターン
編集 ジョエル・コックス ゲイリー・D・ローチ
製作会社 ザ・ケネディ/マーシャル・カンパニー
マルパソ・プロダクションズ
アンブリン・エンターテインメント
配給 ワーナー・ブラザース
公開 カナダ  2010912
(トロント国際映画祭)
アメリカ合衆国 20101015(限定公開)
アメリカ合衆国  20101022(拡大公開)
日本   2011219
上映時間 129
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語 フランス語
製作費 $50,000,000[1]
興行収入 $105,197,635[1]
69700万円[2]日本