映画『愛がなんだ』は恋愛依存というより“東京依存”の物語だ。ネタバレ、評価、感想。

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映画『愛がなんだ』公式サイト

『愛がなんだ』(123/日本/2019

 

監督 今泉力哉

東京という街自体が孤独なのだ。何かにしがみ付いていないと狂ってしまう。

『愛がなんだ』と『愛とはなんだ』は違う。若者に『愛がなんだ』と言わせるのがすごい

『愛がなんだ』という映画を観た。この映画で大事なのはこのタイトルである。

例えばタイトルが『愛とはなんだ』になると意味合いが全く変わってくる。つまり前者は、愛がなんだと問いかけると同時に、投げやりな意味合いも含まれてくる。

例えるなら何か大きな試練、つまりは大切な人に捨てられて「愛がどうしたって言うんだよ!」というような気持ち。「愛なんかなくても生きていける」と言う強い気持ちを感じる。やけくそでもあるが、自立性も含まれている、しかも焦燥感もある。

しかし後者の愛とはなんだになると全く違う。まだまだ愛に理想郷を追い求めているように感じる。愛とは神聖なもの、真実の愛を得たい、愛の意味を知りたい等と理想と独占と更に希求も含まれてくる。

故にこの映画のタイトル『愛がなんだ』の主人公は若者ではあるが、ある意味恋愛の達観者か、または初心者になるのだ。

これほどまでに一途で便利な女の子っているのだろうか。ちょっと重い。

ただ映画を実際に観ると恋愛初心者とすぐわかる。

主人公のテルコは男を好きになったら好き好き大好きになってしまう体質で男に全てを尽くす。生活の全てを男に捧げるのだ。

男の守はテルコのその善意を利用しようとしていると思われがちだが、テルコの愛に全く気が付かない鈍感な男である。

テルコは守の為なら何でもやる。深夜の急な呼び出しでもすぐさま駆けつける。コンパに呼ばれても行く。更に守の好きな女の子とのデートのセッティングまで行う。

とにかく守に気に入れられたい一心なのだ。

好きな人と離れたくないがために努力する自分に酔っているのではないか

この逆のパターンでテルコの友人の葉子には、便利な男がいて、葉子に尽くしまくっている。この2つの物語を中心に展開されて行くが、そこに現れたのはガサツな女、スミレだ。なぜか守はその女に夢中になってゆく。

テルコは守を繋ぎ止めるためにスミレと仲良くなる。そして、、、、という話だ。この映画を観ていると誰もが誰かに寄り添っていたい、離れたくない、依存していたいというような答えが導き出される。

つまり誰かそばにいて欲しい、寂しい、でも孤独なのだ。言ってしまえば東京と言う街自体が孤独なのだ。

もっと言うなら虚飾の街、更に誰もが東京依存しているからこういった関係性が生まれると思う。

だから『愛がなんだ』と叫びたくなる。

現代社会のSNSの承認欲求でも反映している。

人間は確かに1人では生きては行けない。結局は誰かに側にいてほしい、誰か抱きしめてほしい、誰かに褒めて欲しい、誰かに必要とされていたいのだ。

これは現代社会のSNSの承認欲求でも反映している。

自分の存在や日々の出来事をアピールし「いいね」をもらうことで社会的繋がりを持ち安堵し、更に嫌われたくないと言う目的も達成しているのだ。

これは別に悪い事ではないと思う。時代と共に生き方も変わって行くのだ。この風潮はまだまだ続くと思う。

この中で自分の生き方や真実の愛を掴んで幸せになれば良いのではないだろうか。

*成田凌くんの演技が最高です。彼は『チワワちゃん』でも素晴らしい演技をしていたので今後の活躍を期待したい。

漫画『チワワちゃん』を実写化。東京の街を失疾走する吉田志織が愛しい。
誰もが見知らぬ者同士とは大人だけの世界だと感じていた。しかし若者同士も自らの素性を積極的に明かさない。その理由は会ってないような者。東京の街を舞台に出会った若者たちの“パーティー”みたいな日々を激しいビートを斬新な映像で綴った東京ムービー。疾走するまで、消えてしまうまで青春を燃え尽きたい。


映画のことなら映画.comより引用

スタッフ
監督 今泉力哉
原作 角田光代
脚本 澤井香織 今泉力哉
撮影 岩永洋
照明 加藤大輝
録音 根本飛鳥
美術 禪洲幸久
装飾 うてなまさたか
スタイリスト 馬場恭子
ヘアメイク 寺沢ルミ
編集 佐藤崇
音楽 ゲイリー芦屋
主題歌 Homecomings
助監督 八神隆治
制作担当 柴野淳

キャスト
岸井ゆきのテルコ
成田凌マモル
深川麻衣葉子
若葉竜也ナカハラ
穂志もえか
中島歩
片岡礼子
筒井真理子
江口のりこすみれ
作品データ
製作年 2019
製作国 日本
配給 エレファントハウス
上映時間 123
映倫区分 G