『Vision』(110分/日・仏/2018)
『Vision』は河瀬監督の脳、そして視界。本作で河瀬監督は芸術家としての“新たな誕生”を観た。映画は総合芸術であると体現してくれる映画監督
お家に映画を持ち帰る、しばらく映画と過ごす、いつか映画が心に染み込んでいく。そんな素晴らしい映画です。
河瀬直美監督の最新作。私が日本で一番好きな映画監督です。前作の『光』には驚きました。良い映画であるが、かつての河瀬ワールドとは一味違ったからです。河瀬監督の新しい世界を垣間見た気がしました。それは“答え”があったからです。
ご存知のように河瀬直美の映画は芸術性が高いです。エンタメ系の作品、特にハリウッドの大作ばかり観ている人には全くもってチンプンカンプンで理解し難いという人もいます。しかし映画好き、いわゆる映画玄人にとっては河瀬監督の作品ほど素晴らしいモノはありません。だから映画発祥の地、フランスで絶大な支持を得ているのも頷けるのです。監督の作品は明確な答えを与えません。答えはお客さん自身が家へ持ち帰って楽しむ、そういった演出をしていると思います。実際、河瀬監督の映画は映画館を出た後も、そして自宅へ帰っても、翌日、会社へ行ってもずっと心に残り自分なりの答えを探す楽しみを与えてくれます。ずっと心に残るのです。これこそ映画なのではないでしょうか。
しかし前作の『光』では明確な答えを出していたような気がしました。だから今作はどうなっているのかとても楽しみでした。河瀬監督の今後の作品の方向性が分かるから。河瀬監督はやはり芸術性の高い作品を作ってきました。私は嬉しく感じました。
『Vision』は覚醒をもたらすのか、それとも誕生と復活へ誘う神秘の薬なのか
まずこの物語を簡単に言ってしまうと(失礼)伝説、伝承の幻の薬草を探す、という物語です。1000年ぶりに現れる薬草。それを求めて老若男女の人間の感情が絡み合っていきます。その薬草が一体何なのかこの映画を見ているとドンドン引き込まれていきます。出だしからすごいです。まずタイトル。そして獣の声、鳥の声、水の音、おぼろな月?(いやあれは太陽かな)そして奈良の森の杉の大木。木々を眺めながらドローンが上空へ移動し、奈良の森を美しく撮っています。永瀬さんが登場しますが、作業着がまだ馴染んでない雰囲気でした。残念ながら私の印象では今一つまだ山の男になってないような気がしました。(おそらく撮影に入った初日ぐらい撮ったのではないでしょうか)また永瀬さんが山を歩くシーンもいまひとつ山に慣れてない印象受けました。歩き方がちょっと違うのです。体躯っていうんですかね、それがまだ出来ていないように感じました。
河瀬監督らしく余分なセリフもなく淡々と進んで行きます。驚きはビノシェと永瀬さんが初めて会話する時のあの顔です。ビノシェの表情がすごいです。恐ろしい顔してます。日本の山奥で武骨で無愛想な山男と出会って、ちょっとが恐ろしいと言う意味です。河瀬監督の演出では映画の撮影中は役者同士には一切話をさせないという手法があります。話をさせないどころ顔合わせすらしないと言います。スタッフも撮影中は役柄の名前を呼ぶなど徹底した演出です。ですからビノシェは本番の時に初めて永瀬さんと話したのかもしれません。その様子がありありと浮かんでいるのです。それが本当に素晴らしいのです。
この地球の物語は全てVisionが起源なのか。快楽、苦痛、怒り、喜び、悲哀、善悪、安息もVisionの前では“無”になる。
これはファンタジー?現実か夢か?この神々しい映像の中に神の存在を感じた。それと夏木マリさん。この人もすごかった。神が宿っていました。とにかく‘イって’しまっている人を見事に演じています。ビノシェにつぶやきます。「やっと会えたなぁ」河瀬監督の映画にはこういった謎の言葉が出てきます。上手いです。この言葉が終焉まで物語を引っ張っていくんです。この言葉の意味は何だったんだろうとずっと頭の中に去来してきます。その後にも出てきます。謎の少年がお母さんと言ったり。さて私自身この映画を見ててちょっと?と思ってしまったのはやはり永瀬さんとビノシェのラブシーンです。これは必要か否かです。やはり出会ってすぐ男と女がセックスをする、ありがちかもしれませんが日本人の男、そして山男はこんなに器用にセックスしないと思うのです。おそらくこれは河瀬監督のスポンサーであるフランス側の意向があったのではないかと予想されます。
まあまあそれはさて置き、物語は何とも言えない雰囲気、河瀬作品には珍しいファンタジーな映像があふれています。森の音が来ます。自然が溢れ出します。ビノシェにも永瀬にも過去への傷心とか悔恨とかに対して、再生するための謎解きが始まります。そういった謎を盛り込みながら森が燃えていきます。燃えて燃えて何もなくなる程に燃えつくされます。炎は破壊するためのものではありません、日々再生するためのものです。燃えて新たなものを作り出す、それは実は私自身なのです。最後の最後に夏木マリが言います。「なんて美しさ」それがこの映画の伝えたかったことなのだなとわかりました。“Vision”だったのかと。この映画を見ておそらくお客さんはいろんな思いを得て自らの物語を作っていくでしょう。それが河瀬監督の世界なのです。本当に素晴らしい映画でした。私はここで断言します。5年以内に河瀬監督はカンヌで最高賞であるパルムドールを獲得するでしょう。
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