『私は、マリア・カラス』(114分/仏/2017)

上映中
映画『私は、マリア・カラス』公式サイト
むき出しの魂でうたい、愛した世紀の歌姫(ディーバ)の<告白>。紐解かれる未完の自叙伝、封印された手紙、秘蔵映像・音源の数々。 - 映画『私は、マリア・カラス』


原題 『Maria by Callas』

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全身芸術家、マリア・カラス。生涯芸術家、マリア・カラス。完璧しか許されなかった芸術家。

マリア・カラスは孤独だったのか?あの満願の笑みの裏側に“不幸が似合う女”の顔が見え隠れする

 マリア・カラスの映画を見た。正確にはマリア・カラスの生涯を振り返るドキュメンタリー映画を観た。何故か心が重たい感じがする。マリア・カラスをひとことで言うと、孤独な女であったと印象が拭いきれない。いつも満たされない心があったのではないだろうか。ふたこと目を言うとしたら不幸が似合う女である。私にはそう見えてしまうのだ。どんなに有名になり、彼女の芸術が称賛されても幸せを実感できなかったように感じる。天性の歌声と歌唱力を持っていたマリア。その才能も容姿も唯一無二。それが武器にもなったが仇にもなった。嫉妬、妬みというバッシングの対象にもなってしまった。完璧な歌声と美貌。

 お金も名声も地位も簡単に手に入れる。庶民にはそう見えた。マリアが努力していることを見もしないで、人々の嫉妬は憎悪へと向かった。

東西冷戦時代のストレスもマリアへのバッシングに向かったのではないか。

 マリアの人生は人間のネガティブな感情と戦いだったのではないだろうか。その時代の生き写しとも言える。今考えると何という醜い時代に生きたのかわかる。犠牲者だ。マリアが活躍したのは第二次世界大戦後だった。世界の空気は米ソの冷戦という緊迫した時勢だった。この冷戦状態は人々に多大なストレスを与えた。特に東側と接する西側は絶えずソビエトからの侵略の恐怖におののいていたと言える。幼いながらも日本の田舎で暮らしていた私にもソビエトという未知の国家に恐怖を植え付けられていたことを記憶している。

 だからこそ成功していた人が失敗するとここぞとばかりにバッシングをして憂さ晴らしをしていたきつい時代だ。人間という生き物は本能的にそうらしい。例えば野性動物の群れでボスを務めるオスがその座を失うと、他の物たちは見向きもしないどころか、集団で追い出すなどに攻撃をする。マリアは西側のヒロインであり強い象徴であるから絶対的な存在でなければいけなかかった。一旦弱みを見せるとやられてしまう時代だったのだ。

メディアとはいつの時代も無責任だ。

 特にメディアの品格の無さに呆れてしまう。いや憤りを感じる。メディアが発する言葉によって一般庶民が煽られ益々マリアを叩きまくる、気が狂いそうだ。でもそんな時代に負けずに強く生きたマリア・カラス。劇中にこんな言葉があった。「若い時は勇猛果敢に進んだ、立ち止まればやられてしまう。でも歳をとるとさすがに辛い、戦うのには体力も必要だしリスクを冒す」歳をとってからは幾多の修羅場を乗り越えて賢明に対処するようになったのだろう。でもバッシングはあった。よく耐えたと思う。

愛する人に魂の全てを捧げるほど、マリアの愛は深く激しい。

 ところでマリアのようなスターは一見、奔放な女性と思われるが、マリアは恋多き女ではない。一途な女性だ。愛する人に心を捧げるような女性である。淑女だ。最初の結婚は20以上も年上の男で、マリアのマネージャー。次第に夫はマリアに集まる名声と地位を利用し始める。マリアは休む暇もない。そんな時、ギリシャの大富豪オナシスに出会う。エネルギッシュで切符が良く、仕事もでき、野性的で優しいその人柄に惹かれていくのは当たり前だった。仕事を終えてオナシスと過ごす時がマリアの一番の安らぎだった。歌い方、表現力も変化した。マリアはオナシスに愛の全てを捧げた。魂から愛を捧げた。とにもかくにも一途であった。オナシスに捧げたラブレターはこちらが赤面してしまうほど熱烈だ。

裏切りは憎悪に変わったのか?いやマリア・カラスの心は広く聡明だった。

 しかしその愛の終り方が残酷だ。新聞で知るとは。9年間も時間を共にしたのに。オナシスと別れた後マリアの落胆は尋常じゃなかったのであろう。友人に出した手紙に書かれている。よくぞ生き抜いたと思えるほどのショックだと思う。

 でもマリアには歌は歌うことに気持ちを向ける。歌を歌うことであの辛い失恋から立ち直ろうとしていた。しかもオナシスはジャクリーンと別れてマリアのもとに戻ってくる。なんと調子のいい奴だろう。マリアは彼を許した。その時初めて2人は本当の友情で結ばれたと言っていた。

 マリアは一時期舞台から離れていたが一生懸命、練習していた。二人はそれから人生を共にする。オナシスがマリアのもとで息を引き取った。それでマリアを満足したのではないかろうか。この映画は本当にマリア・カラスの人生を表している。でも私はマリア・カラスは孤独だったという感想が拭えない。映像には圧倒的にマリアの笑顔が映し出されている。笑えば笑うほど、なぜか悲しみが見えてくるのだ。

 マリア・カラスは愛を歌った。マリア・カラスは芸術に命を捧げた。芸術こそがマリアの恋人であったのだと感じる。こんな言葉があった。「マリア・カラスは歌そのものです。私の言葉は音楽。私の自叙伝は音楽の中にある」マリアは芸術のために生まれ、芸術のために歌い演じ、芸術のために恋した。死んでもマリア・カラスの芸術は永遠に残ることになった。本望だろう。

監督
トム・ボルフ
製作
トム・ボルフ
エマニュエル・ルペール
ガエル・レブラン
エマニュエル・シャン
ティエリー・ビゾ
編集
ジャニス・ジョーンズ
朗読
ファニー・アルダン

原題 Maria by Callas
製作年
2017年
製作国
フランス
配給
ギャガ