この映画は単なる麻薬戦争ではない。アメリカが抱える心の闇を表している。 ベニチオ・デルトロと言う俳優。この俳優と同時代を生きられる喜び。
ベニチオ・デルトロの立ち姿を見よ!このアメリカとメキシコの狭間で、真の正義とは何かを黙して語っている
この映画を見て思ったの何と言っても主演のベニチオ・デルトロがカッコ良いのだ。男臭い、渋い、そしてセクシーなのだ。まず立ち姿が決まってる。スタイルが良い。それは足が長くスラっと背が高いと言い意味ではない。しっかりと地に足がついているのだ。頭は空までつながっている。安心感もあるが、圧倒的な存在感を醸し出している。お腹も少し出ていて良い。ちなみにベニチオはこの映画では一切笑ってない。それでいて優しさが伝わってくるのだ。良い俳優になったと思う。初めてベニチオの映画を観たのは『トラフィック』だった。印象には残ったが、それほどだった。次は『21グラム』。これは強烈に私の心に残った。以後、キャリアを積み重ねて今やハリウッドでは欠かせないスパニッシュ系の俳優である。
麻薬戦争?ではない。テロ、誘拐、殺人、人身売買、不法移民、そして組織の汚職と隠ぺいまで。それはアメリカの怯える叫び声だ。
さて映画の話をしよう。この映画はアメリカとメキシコとの国境で起きる麻薬戦争の物語だ。単なる麻薬戦争ではない。テロ、誘拐、人身売買、不法移民、そして汚職問題など負の事象を上げたらキリがない程の内容が詰まっている。これだけでアメリカ社会の深刻さが読み取れる。事の発端はスーパーでの自爆テロ事件だった。この犯人はアフリカから来たイスラム系の人物だと推測された。イスラム系の国からアメリカへの飛行機での入国は現在では難しい。だからイスラム系のテロリストは隣の国のメキシコに入り陸路でアメリカ合衆国に入りテロを行ったのだとCIAは決めつけた。それを口実にメキシコの麻薬カルテル同士に戦争させて、アメリカへの移民を阻止するという計画を立てたのだ。映画の中でも語られていたが、麻薬カルテルの最大の収入源は今や麻薬ではなく、“人”だと言う。つまりアメリカに不法で移民を送り込むビジネスだ。密入国ビジネスは一人当たり1000ドルが相場らしい。夜ごと数十人を送り込んでいる。アメリカが懸念するのは密入国者に紛れて入国するテロリストたちだ。そのテロリストの流入をストップさせるためにカルテル同士を戦争させるという、言わば戦争をでっち上げるのだ。その作戦を遂行すべく集まった精鋭たちの中でベニチオ扮する工作員がかつて自分の家族を殺したカルテルのボスを殺すと言う復讐物語も入っている。ベニチオは終始悲しい顔をしている。いつ死んでもいいと言う顔をしている。腹が座っているから美しい。しかしCIAは相変わらず裏切り、そして都合の良いように同士達を見捨てていく。ベネチオも見捨てられ、葛藤する。自分の家族を殺したカルテルのボスの娘を守っている。でもその娘を殺すことができない。自分の娘を殺したのはこの娘の父親だ。同じことをすれば自分は人間を捨てたことになる。物語はこのような感情を含んで進んでいく。
国境の街で始まり、国境の街で終わる。そして新たな暗殺者も国境の街で生まれる。復讐の連鎖は永遠に繋がれる…
結末はどうなるのか。決してハッピーエンドではない。血で血を洗う抗争が続く。予定調和的だが、合衆国政府の都合の良いように進んでいく。弱い者は切り捨てる、不要になった者は排除する、と言った非常さがある。実際アメリカではこのようにメキシコ人に対しての感情があるのだろう。いつも上から目線だ。アメリカから蔑まれているとわかっていてもアメリカへの密入国を止めないメキシコ人の心のどこかにはやはり羨望の気持ちがあるのだろう。それだけアメリカは偉大なのだ。
余談だが、やはりアメリカ映画のスケールの大きさには驚かされた。永遠に続くような砂漠の中のカーレースや、スリル連続。本当にスケールがデカい。相変わらず車をドンパチ爆発したりひっくり返したりする。120分映画は飽きさせることがない。しかしながら映画の終わりには一気に気持ちが重たくなった。この映画の原題は『Sicario: Day of the Soldado』暗殺者 兵士の日々となる。最後の最後でこの題名の意味がわかったからだ。争いは永遠に終わらないだろうと感じてしまった。
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