映画『さよなら、退屈なレオニー』17歳は一番危うい年齢だが最高に輝いてる時 ネタバレ・あらすじ・感想・評価

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映画『さよなら、退屈なレオニー』6/15(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
映画『さよなら、退屈なレオニー』6/15(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
6/15公開『さよなら、退屈なレオニー』Special Trailer(イメージソング「メイプルカナダ」The Wisery Brothers)

『さよなら、退屈なレオニー』(96/カナダ/2018
原題 La disparition des lucioles

映画『さよなら、退屈なレオニー』のオススメ度は?

3

3

芸術映画として観るのが良いと思います。

セバスチャン・ピロット監督は今後カナダ映画界を背負って立つ人材なので覚えておこう!恋人と行くのが良いのでないないでしょうか。

映画『さよなら、退屈なレオニー』の作品概要

過ぎ去った青春の日々を誰もが持っているだろう。多感で繊細で傷つきやすいくせに、冒険してしまう。本映画は17歳の少女が自身の生い立ちや家族、将来について深く悩みながら、本当の自分を探す物語である。

映画『さよなら、退屈なレオニー』のあらすじ・ネタバレ

高校卒業を一ヶ月後に控えたレオニーは毎日が不安で苛立って過ごしている。母親にも嫌味を言い、義父に悪態をつく。自分の存在を認めてもらいたいが、その方法がわからない。唯一、心許しているのは離れて暮らす父親だけだ。でもその父親像も崩壊してしまう。ケベックの街並みを絵画のように捉えた映像に中で戸惑いながら旅をするレオニーの姿を注視する若き日の自分に出会うことができる作品

映画『さよなら、退屈なレオニー』の感想・評価・内容・結末

17歳という年齢は特別な数字なのだろうか、世界的にも

わたしもレオの年齢の時はあんなに不安だったのだろうか?ふとそんなことを懐かしながら観てしまった。

17歳。これは日本でも世界でもこの数字をテーマにした歌や映画、その他書籍なども多い。なぜだろう?ティーン最後の19歳の方が大人へ最後の一歩だからドラマティックな印象を受けるが、やっぱり17歳の方が興味を引く理由は精神的に不安定だからであろう。

この映画の主人公のレオはいつも何かにイライラして怒っているようだ。それは母親に対してと義父に対してだけではなく、学校の先生にも怒りを持っている。きっと何もやりたいことが見つからない苛立ちからだが、根本的な原因は両親への不信感からだろう

父を捨てて再婚した母親への憎しみがある

真の父親は労働組合のリーダー的存在でレオにとっては闘士であり英雄だ。その父親を捨ててDJの男と再婚した母親が許せないのだ。義父はラジオで偉そうに労働問題や環境問題を語って聴衆者の人気を集めている。

レオにとっては父親こそ真の闘士であり、メディアでチャラチャラしている義父はクソだ。おまけに高校卒業まで一ヶ月。自身の生き方さえわからない

これは多感な少女時代に誰もが経験する通り雨のような感情と言える。

無理にやりたいことを探しても見つからない。映画の中でレオはスティーブというギタリストにギターを習う。スティーブはレオと違って大人しい。感情を出さない。レオにとっては二人の父親の次に仲良くなった男だ。

恋の進展もなければ、仲間と悪ふざけもしない青春映画

この映画はレオを中心に淡々と進んでいく。単なる青春映画ではない。普通の青春モノははダンスクラブでバカ騒ぎしたり、激しい恋に落ちて失恋し泣き叫び、再び立ち直って生きていく、というのが常道であるが、本作はそういったモノは一切ない。

スティーブとは恋愛に発展するかと思わせるがプラトニックのままだ。そこが演出の上手さだ。レオ演じるカレル・トレンブレイの個性がガンガンに光っている。もちろん衣装もとってもオシャレでケベックの街並みに映えている。スタイルも良いからめっちゃくちゃカッコいい。感情の表現の仕方に凛とした瞬間がある。相手をじっと見据え、息を吐き切るように喋る。はっきり言うので気持ちいい。

セバスチャン・ピロット監督の芸術性の高さがわかる

映像がとてもきれいだ。一枚一枚の絵画みたいだ。照明も素晴らしい。手前と奥行きの感じとか、役者の顔に照らされる柔らかい光にウットリしてしまう。

固定ショットが多く、きっちりかっちりと撮影しているのがわかる。監督のセバスチャン・ピロットの映画に対する愛を感じずにはいられない。監督のインタビュー記事を読むと「これは青春映画ではない」と断言している。

どちらかと言うと社会的・政治的な映画だと言っている。それは随所に見られる。例えばレオの義父のDJが労働問題や環境問題を語っている場面、あるいは昔はホタルがいたのに開発されたせいでいなくなったことなどを盛り込んでいる。

またレオの父親がちょっとしたDVをしたこともさりげなく投入しているから確かにナダの抱える諸問題の映画である。

原題 『La disparition des lucioles』と邦題『さよなら、退屈なレオニー』から見えてくるものは?

最後の方でレオがアルバイトをする球場にホタルが舞い始める。これは希望の光だろう。ホタルは暗くなければ見つけられない。

人間も集団の中で目立つ人もいれば目立たない人もいる。でもその目立たない人がいなくなるとみんなはようやくその存在に気がつくのだ。

原題は『ホタルはいなくなった』の意味がわかる。こっちのタイトルの方が良かったと思うが、、、。結局、最後はレオはバスに乗って去っていく、、、。たぶん。だから原題の方がスッキリする。

さて、17歳問題だが、なぜこの年齢にみなスポットを当てるのか。その理由が未だに解けないが、幼児性が消えていく最後の光をホタルのように放っているから魅力があると考えてみたい。消えゆく光は最後に強烈な輝く。そして儚く切なく、消えていく。17歳とはホタルの光が消え入る瞬間なのかもしれない。

映画『さよなら、退屈なレオニー』まとめ 一言で言うと!

17歳の少女は世界のどこでも一番繊細で輝いているのだ!

感情が不安定な時期もある。人に優しくできない時もある。怒りをぶつける時もある。でもそれは良いことなのだ。そんなことが許されるのは17歳だからだ。遠慮せず、感情を爆発させろ。

映画『さよなら、退屈なレオニー』の作品情報

映画.comより一部引用
スタッフ
監督
セバスチャン・ピロット
製作
ベルナデット・ペイヤール
マルク・デーグル
脚本
セバスチャン・ピロット
撮影
ミシェル・ラ・ブー
美術
エリック・バルボ
衣装
ソフィー・ルフェーブル
編集
ステファニー・ラフルール
音楽
フィリップ・ブロー
キャスト
カレル・トレンブレイ
ピエール=リュック・ブリラント
フランソワ・パピノー
リュック・ピカール
マリー=フランス・マルコット
作品データ
原題 La disparition des lucioles
製作年 2018年
製作国 カナダ
配給 ブロードメディア・スタジオ
上映時間 96分
映倫区分 G